千葉県発二日酔いまでの後悔街道の2

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芝山町 イマジネーションの神社

前回は成田市のイマジネーションの神社でしたので、今回も続いてイマジネーションたる神社です。芝山町の朝倉だとは思いますが、どう調べても出てきません。大きな通りの下です。
もう完全に暗闇です。後で見ると4秒とか15秒で撮っています。そして昼にはきれいな写りをするペンタックスも夜には色が出すぎて、いささか不自然になります。
何故かこの神社に反応した私は車を止めます。ちゃんと草が刈られています。

神社よりもこの家に反応しました。

もしかしたらほんの数年前には人が住んでいたのではないだろうか?

柱には空港粉砕!要塞貫徹とはっきり書かれています。かつてはその筋の人たちのアジトだったのではないだろうか?とか想像が湧き出てきました。

鳥居の隣は穴が開いていました。

奥にはお地蔵さんがいました。


そしてこの土は完全に貝塚でした。

これも調べても出てきません。なにも無いような谷あいにも、人知れず歴史ありです。
ここで暗闇で写真を撮っていたら、五感が研ぎ澄まされたような、野生に帰ったような、早く家に帰って酒をのんで現実逃避をしたいような、不思議な感覚になった覚えがあります。
どうも私の表現は大袈裟みたいです。
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1487 [ 2013/10/24 23:28 ] 山武郡芝山町 | TB(0) | コメント(0)

芝山町ポピー

 芝山町の空の駅空和里しばやま前からです。道の駅空和里しばやまとは違います。いささか紛らわしいです。空の駅は平成24年4月オープンの新しい農産物直売所です。
ポピー畑がありましたので飛行機と一緒に撮れないものかと奮闘しますが

どうもいい角度では撮れません。そして強めの逆光でますますだめ写真になります。

なので順光の状態で

花だけを撮りました。

そろそろ花火大会があちこちで開催ですね。今年はどこに行こうかと思いを馳せます。

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1404 [ 2013/07/14 22:39 ] 山武郡芝山町 | TB(0) | コメント(0)

芝山朝倉やすらぎの杜

 芝山町の朝倉やすらぎの杜です。
緑地にベンチがあります。

静かな場所なはずですが、飛行機の騒音はかなりのものです。

公園の裏手は森です。

もう暗いです。

その分逆光気味でも色が飛ばずに撮れます。

定かではありませんが、空港関連の予算の余りで造った感じのした公園です。

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1376 [ 2013/06/16 22:24 ] 山武郡芝山町 | TB(0) | コメント(0)

国道296号線の秋。芝山公園

 芝山公園にも行ってみました。大きい公園です。この日は土曜日だと言うのに人が本当に少ない公園でした。この時に見たのは、お父さんとお譲ちゃんだけでした。

旧藪家住宅というのがありました。藪家とはもと山武市板川で代々名主を勤めてきたと言い伝えられている旧家である。だそうです。残念ながら中には入れなかったです。

なんでもはにわにしてしまう芝山町です。トーテンポールもこの通りです。

前方後円墳もありました。

ちゃんと穴もあって鉄の門で閉じているのに、この古墳は殿塚古墳の三分の一の模型なんだそうです。模型ならば門で閉ざす意味があるのでしょうか。

イチョウの落ち葉で駐車場も埋まってしまいます。それにしても車が止まっていなかったです。

ふと気になったこの看板。芝山仁王尊にはにわ博物館があり、公園のほうには古墳はにわ博物館があります。こんな近所で同じような博物館があって間違える人もいるかもしません。

この芝山で時間をとってしまい、そろそろ暗くなってきました。焦りがでてきました。次は成田市です。

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612 [ 2010/12/15 06:58 ] 山武郡芝山町 | TB(0) | コメント(0)

国道296号線の秋。芝山仁王尊

 去年2009年の秋に行った芝山仁王尊に今回も行きました。同じような場所を載せます。少しはうまくなったのではないかと思いますが、どうでしょうか。去年のはここここです。




残念明るくしすぎました。

続いては今回だけの秋の写真です。

これは明るく撮ったらイチョウが金色っぽく写って満足です。

もみじもみじの大群です。

芝山と言えば成田空港のおひざ元です。本当に良く飛行機がこの上を通ります。青空ともみじと飛行機を一緒に撮ろうとここで待ち構えていましたが、ややずれてしまいました。

ところで芝山仁王尊とは。
名 称  天應山 福聚院 観音教寺 (関東天台旧制伴頭拝領寺院)

当山の創建は奈良時代末期天応元年(AD781年) 光仁天皇の勅命により征東大使・藤原継縄公が、守り本尊である十一面観世音大菩薩を安置した事に始まります。
 中世には、千葉氏の祈願所として繁栄し、近隣に八十余宇の子院を置く大寺となります。江戸時代になりますと徳川幕府の庇護のもと、十万石の格式を持つ伴頭拝領寺院として管内十州(関八州に出羽・陸奥を加える)の天台寺院を統括しました。また、庶民の間では火事・泥棒除けの「お仁王様」の通称で親しまれ、火消し衆や商家の篤い信仰を得て「江戸の商家で火事泥棒除けのお仁王様のお札を祀らないお店(たな)はない」とまでいわれました。
 今日でも、一万坪に及ぶ境内に県文化財の三重塔など七堂伽藍が甍を競い、ご利益を求める多くの参詣者で賑わっています。
芝山仁王尊ホームページより。


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611 [ 2010/12/13 21:39 ] 山武郡芝山町 | TB(0) | コメント(0)